トップレベルの人格
僕がアルゼンチンの名門クラブ、リバープレートの2軍での練習に参加していたのは7月頃だった。
南半球に位置するブエノスアイレスの7月は冬にあたり気温も朝晩は一桁台と冷え込む。
南米というと『南』という文字がついているからか、一年中暖かいと思っている人も多いようだが、ブエノスアイレスには四季があり、春には日本から贈呈された桜がパレルモ公園というブエノスアイレス最大の地区にある大きな公園で花を咲かす。
一年に一度必ず咲く桜のように、僕は生涯一度のサッカー人生の中で花を咲かせる事ができたのだろうか…
今言えることは、自分なりの花を咲かし宿命のように散った気がする。
そして、この時期リバープレート2軍での練習に参加できた事はサッカー人生の蕾を確実に膨らませたと胸を張りたい。
ブエノスアイレスの冬、リバープレートの練習に参加する時にはトレーニングウェアが支給された。メーカーはアディダスで、黒をベースに白と赤のラインが入っている。
このトレーニングウェアに袖を通せた事は貴重な経験だった。
例えるなら、アルゼンチン人が日本に歌舞伎を学びにやってきて、来日1ヶ月で中村屋の稽古に参加させてもらい。家紋入りの稽古着に袖を通しているようなものだ。
ウォーミングアップのためグランド数週走る。
リラックスしているがふざけてる選手はいなかった。
一流のクラブ、しかもトップチームにも手が届く所まできてる選手達の立ち振る舞いは大人だ。
どこから来たか分からないアジア人のプレイヤーをバカにする事なく接してくれる。
もちろん腹の中で何を思っているかは分からない、正式に所属してない僕をライバルと思ってない事もわかる。だからこその態度だったかもしれない。
ただ思い返せば、このリバープレートの選手、後に携わる日本人のトップ選手や第一線で活躍している俳優、様々な業種のA1クラスの人達は、根本的に相手を尊重する。これは日本だけの文化ではない事は分かった。
ミスで貶す時間を無駄とし、
それよりも改善策を瞬時に見つける事を楽しんでいるようにすら感じる事がある。
自分の未熟さを恥ながら、そうありたいと常に思う。
この時自分はFWとして参加していた。シュート練習は常に調子が良く、連日遜色なくついていけてる人気がした。
紅白戦が始まると僕の居場所はグランドの外になる。
出てない選手同士でパス交換などをしながら間近でアルゼンチンのトップレベルのプレーを見る事ができたが、
それまでの練習と別人の選手達に圧倒された、
一番驚いた事は球ぎわへのプレッシャーの速さだ。
ボールを奪うチャンスとみるとハンマーが振り下ろされるかのように詰め寄り、骨や肉が当たる音がする。やられる方は文句など言わず。次のプレーに移っていく。
この中には確実にリバープレートのトップチームに上がり将来代表チームに入る逸材がいるんだと、僕はきっと口を開けていたと思う。
これがアルゼンチンサッカーなのだと、初めてこの国のサッカーが強さを感じた。
前回も記したがすでにトップチームを行き来していた選手に、アイマールやこないだまでレアル・マドリードの指揮をとっていたソラーリもいた。
アイマールに関しては当時気づく事ができず、後々記念に撮った写真を見返して驚いた。
しかしソラーリは、背丈も有りバランスのとれた体格と、僕の好きだったアルゼンチン代表選手レドンドのような左利きのプレーに格の違いを感じた事を覚えている。
ただ矛盾するが、恐ろしかったのが若さだ。
僕はリバープレートの練習に参加しながら周りの選手に負ける気が一切無かった。
この激しさに入っていけると自信があった。
日本では遠慮していた激しさが、この国では当たり前だった。
名門クラブのブランドに臆する事なく練習に参加し、トップレベルの選手と過ごした時間は今でもかけがえのない宝だったが、人間というのは成長し環境に馴染むと次の瞬間には新たな欲が生まれる。
僕は試合に出たかった。
それは紅白戦ではなく、
アルゼンチンでの公式戦に。