おにぎりの話

オニギリの具は何が好きですか?

僕はやっぱり鮭です。

炊きたてごはん。

焼いた鮭を箸でほぐして優しく包み込み

握る。

海苔を巻く。

僕の母は40年以上渋谷で

小さな飲み屋を営んでいる。

子供の頃、母親はいつも眠そうに朝食の準備をして、眠そうに食卓の向かいに座っていた。

夜は店があるので朝ごはんくらいしか僕と一緒に食べる事ができないと無理をしていた。

朝ごはんを作り終えると眠ってしまう事もあった。

でも少し時間に余裕があると、

鮭の切り身を網にのせガスコンロで焼き、身をほぐしてオニギリを握ってくれた。

僕の母さんの作るオニギリは小ぶりで食べやすかった。

そんな日が嬉しかった。

 

いま僕は自分の母親が大嫌いだ。

 

店は昔と変わらないやり方で今も渋谷にある。

毎月月末になると家賃の支払いの件で大家さんから僕に電話がかかってくる。

店の電話は割と停まる。

電気がつかずロウソクを立てて営業する事がありその日に居合わせたお客は、そんなハプニングを喜ぶ。

僕はまったく面白いと思わない。

水道だけはなかなかとまらない。

 

いま僕は母親が大嫌いだ。

というより、母親を救えない自分が情けなくて大嫌いだ。

自分自身は大好きだけど、母親を救えない自分は大嫌いだ。

これは今日までの結果だと思う。

僕は変わる。

人はなかなか変われないけど、

僕は変わる。変われないのが人なら人をやめる。

これが出口なしの人生の生き方。

僕がカフカの《ある学会報告》で人のような猿、猿のような人を演じた理由だ。

 

出口が見えた贅沢な朝は鮭を焼き

わざわざオニギリにして、眠くても家族で食卓を囲む。

おはよう今日の朝ごはん。